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化学よもやま話

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~身近な元素の話~ 2種類の元素でできた化合物(3)

 佐藤 健太郎


炭素と硫黄

 前回は,炭素と酸素のみから成る化合物を取り上げた。今回はまず,周期表で酸素のすぐ下に位置する,硫黄と炭素の組み合わせを見てみよう。
 この取り合わせで一番先に思いつくのは,二硫化炭素(CS2)だろう。二酸化炭素と等電子的だが,こちらは常温では液体で存在する(融点-111 °C,沸点 46°C)。硫黄化合物特有の悪臭を持つイメージがあるが,実はこれは分解物によるものであり,純粋なものはエーテル様の芳香を持つという。
 溶媒として,ゴムやセロハンなどの製造に用いられるが,毒性も高いので実験室での使用は減っている。神経に作用し,殺虫剤としても使われるほどであるので,取り扱いには気をつけたい。
  また,一酸化炭素と等電子的な,一硫化炭素(CS)というものも存在する。宇宙空間に観測される他,光や放電による二硫化炭素の分解によっても生成する。ただし,不安定で重合しやすく,(CS)nのようなポリマーになってしまう。 

 その他の硫黄と炭素から成る低分子化合物としては,亜硫化炭素(S=C=C=C=S)など10種以上が知られており,その一部を下に示す。有機硫黄化合物にはユニークな電子特性を持ったものが多く,盛んに研究されている分野だから,今後もさらに新たな硫化炭素化合物が出現してくることだろう。

硫化炭素化合物の例

硫化炭素化合物の例

 2006年には,美しい構造を持った,新顔の硫化炭素がお目見えした。下図に示す化合物で,サルフラワー(Sulflower)の名がつけられている。硫黄(sulfur)と花(flower)を合わせて作られた造語だ。サルフラワーは有機半導体として働くことがわかっている他,結晶の隙間に水素を取り込むのではないかといった予測もあり,その可能性が期待されている。

サルフラワー

サルフラワー

  ご覧の通り,サルフラワーはチオフェン単位が8つつながり,環をなした構造だ。理論計算によれば,チオフェン単位が8つまたは9つの時には平面となるが,それ以下では王冠のように,それ以上では鞍状に変形すると予測されている。こうした非平面のサルフラワーや,硫黄以外のヘテロ原子に置き換えたものなど,誘導体の性質にも大いに興味が持たれる。

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炭素と窒素

(1)シアノ基を持つ化合物

 窒素は,周期表で炭素のすぐ右隣に位置し,アミノ酸やアルカロイド類など,多くの有機化合物に含まれる。有機化学において,水素や酸素と並ぶ炭素のよき相棒だ。しかし,炭素と窒素だけでできた化合物は,なかなかすぐには思い浮かばないのではないだろうか?
 最も簡単なものとしては,シアノーゲンが挙げられる。(CN)2の分子式を持ち,1815年にフランスの化学者ゲイ=リュサックによって初めて合成された。辛味のある臭気を持つ気体で,他のシアノ化合物同様,高い毒性がある。
 1910年にハレー彗星が地球に大接近する際,このシアノーゲンが彗星の尾から分光学的に検出された。このとき,地球はハレー彗星の尾を通り抜けるとされていたため,猛毒のガスで地球の生物が全て死に絶えるというデマが流れ,各国でパニックが起きたという。もちろん実際には,尾のガスは極めて希薄であり,地球の生物には何の影響もなかった。
 ジシアノアセチレン(N≡C–C≡C–C≡N)は,3000K付近でグラファイトに窒素ガスを通すことによって得られる。無色透明の液体で,全物質中最も高い温度(約5260K)の炎を上げて燃えることで知られる。
 宇宙空間には,シアノポリイン類(H–(C≡C)n–C≡N)と呼ばれる分子が存在していることがわかっている。ジシアノアセチレンも宇宙に存在していると考えられるが,対称的な分子であるため回転スペクトルを持たず,検出する方法がない。ジシアノアセチレンは土星の衛星タイタンの大気に含まれることがわかっており,あるいはさらに複雑な分子ができる原料となっているかもしれない。
 このように,炭化水素の水素を全てシアノ基で置き換えれば,窒素と炭素のみの化合物が作れることになる。テトラシアノメタン(C(CN)4)や,ヘキサシアノベンゼン(C6(CN)6)のような化合物がその例だ。この類で最も有名なのは,テトラシアノエチレン(TCNE)だろう。電子求引性のシアノ基が4つも結合しているため,この分子は優れた電子受容体であり,有機半導体や有機超電導体の研究においてよく用いられる。

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(2)アジド化合物

 近年,金属に多数のアジ基が結合した錯体が合成されている。しかし炭素に4つのアジ基が結合したテトラアジドメタン(C(N3)4)が合成されたのは意外にもかなり最近で,2007年のことだ。多くのトライアルが行われてきたが,唯一トリクロロアセトニトリル(Cl3CCN)とアジ化ナトリウム(NaN3)の反応によってのみ,合成が達成されている。炭素原子1つに対して窒素原子12個という,ちょっと驚くべき分子式を持つ。

テトラアジドメタン

テトラアジドメタン

 よく知られる通り,アジド化合物は爆発性を持ち,取り扱いに注意を要する。そのアジドが4つも密集したこの化合物は,究極の高エネルギー物質というべきものであり,極めて危険だ。論文にも「純粋なテトラアジドメタンは極めて危険であり,これといった原因がなくともいつでも爆発を起こしうる。単離したテトラアジドメタンは一滴に満たない量で激烈な爆発を起こし,冷却トラップと低温バスを粉々に粉砕した」とある。筆者など,どれだけの設備を使えるとしても,ちょっとこの実験をやってみる気にはなれない。

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(3)アザフラーレン類

 窒素含有率が高い化合物が先のテトラアジドメタンなら,炭素が多いのはこのアザフラーレン類だ。フラーレンC60に対し,数段階の反応で骨格に窒素を組み込み,C59N+カチオンや,窒素の隣の炭素同士で結合して二量化した(C59N)2が合成されている。またC70を元に,C69N+カチオンを作った例もある。

 (C59N)2

(C59N)2

 これと別に,窒素原子がフラーレン骨格内部に閉じ込められた,N@C60という分子も単離されている。フラーレンに対して窒素プラズマを照射することで,ケージ内部に取り込ませて合成する。近年,誘導体合成も盛んに行われており,応用展開が期待される。

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(4)高分子状窒化炭素

 光照射によって水などを分解する「光触媒」は,エネルギーや環境浄化などさまざまな方面にわたって応用がなされており,日本が誇るイノベーションのひとつだ。酸化チタンなど無機材料を中心に研究が進められてきたが,近年有機材料にも期待を持てるものが登場している。グラファイト状窒化炭素(g-C3N4)と呼ばれるものがそれだ。

 これは,メラミンなど窒素を多く含む化合物を加熱することで得られ,白金などの助触媒を少量担持させれば,可視光で水を分解できる能力を持つ。近ごろは,製法を工夫することで比表面積を拡大し,一酸化窒素など有害物質の分解能を大きく向上させたものも出てきた。有望な新材料のひとつに数えられるだろう。

グラファイト状窒化炭素

グラファイト状窒化炭素

 その他,窒素と炭素が3次元的なネットワークを成した「六方晶窒化炭素」(β-C3N4)と呼ばれる物質もあり,理論的予測ではダイヤモンドより硬い超硬度材料になるとされている。現在のところ,ナノサイズの結晶が合成されているに過ぎないが,これも実用化されれば広い用途が開けそうだ。
 爆発物,有機電子デバイスから超硬度材料に至るまで,窒化炭素の世界も奥が深い。面白いものが出てくる余地は,まだまだあるのではないだろうか。


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執筆者紹介

佐藤 健太郎 (Kentaro Sato)

[ご経歴] 1970年生まれ,茨城県出身。東京工業大学大学院にて有機合成を専攻。製薬会社にて創薬研究に従事する傍ら,ホームページ「有機化学美術館」(http://www.org-chem.org/yuuki/yuuki.html,ブログ版はhttp://blog.livedoor.jp/route408/)を開設,化学に関する情報を発信してきた。東京大学大学院理学系研究科特任助教(広報担当)を経て,現在はサイエンスライターとして活動中。2014年より,新学術領域「π造形科学」広報担当。著書に「有機化学美術館へようこそ」(技術評論社),「医薬品クライシス」(新潮社) ,「『ゼロリスク社会』の罠」(光文社),「炭素文明論」(新潮社)など。
[ご専門] 有機化学