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化学よもやま話(2024年春)
高校化学の実験の難しさ
東洋大学京北高等学校 教諭 大貫 裕之
1.緒言
高校化学の教科書には生徒実験の手順や考察のヒントが記載されている。数多くの識者によって書かれた教科書に載っているから、期待通りの結果が得られるだろうと思うのが自然である。ところが、実験をしてみると、なかなか期待通りの結果が得られず、適切な理解に至らないことがある。準備や後片付けに要する時間も無視できない。ここでは、高校化学のこのような難しさを紹介したい。
2.ヨウ素の昇華
「化学基礎」の物質の分離法で「昇華」を学ぶ。昇華は固体が直接気体になる現象であり、分子結晶であるヨウ素や二酸化炭素は昇華しやすい。ところが、実際にヨウ素をビーカーの底に数粒入れて、バーナーで加熱していくと、固体のヨウ素からは紫色の蒸気が観察できるだけでなく、融解して液体になり、そこから紫色の煙があがる現象が観察できる。ヨウ素は固体から直接気体になるだけでなく、液体を経由して気体になる。ヨウ素の融点が114 ℃、沸点が184 ℃である。結局、融解も昇華もどちらも観察できる。昇華の学習をしているところに、融解の話がでてくる。融解と昇華はどちらか一方しか起こらないという先入観をもってしまった生徒は混乱する。
実際の実験では、砂とヨウ素の混合物からヨウ素を分離する方法として昇華法が紹介されている1。砂の中に入ったヨウ素の液体を観察するのは困難であろう。なんとも巧妙な実験である。


3.金属結晶の単位格子模型
金属の単位格子である体心立方格子、面心立方格子の模型を作って、充填率や配位数の理解につなげる実験がある。ところが、発泡スチロール球を正確に1/2、 1/4、 1/8に切断するのが難しい。ニクロム線に電流を流してジュール熱で切断する発泡スチロールカッターがあるが、球を実験台の上において、手で押さえながら注意深く切断しても、断面が凸凹になってしまう。カッターナイフで一気に切るという方法も教科書に紹介されていた3。いずれにしても、単位格子中の原子の配列を理解するよりも、発泡スチロール球の切り方をマスターすることが目的になるという苦労する実験である。結局、弊校では市販の発泡スチロールモデル(図3)を用意して生徒が観察する方法で行っている。球が丈夫に固定され、使用中に球が移動するアクシデントがない。そのため、安心して生徒の観察に供することができる。

(株式会社ナリカ様より画像ご提供)
近年、発泡スチロール球を正確かつ簡単に切断する方法が紹介された4。球の半分が収まるように石膏で型をつくって、治具とする。石膏面を平滑にしておけば、面にそって発泡スチロールカッターを滑らせるだけで、平滑な切断面を持つ1/2の球を得ることができる。1/4は1/2に切った切断線を治具に対して垂直にして、切断すればよい。
切断された球は、100円ショップで購入できる立方体のアクリルボックスにぴったり収まるようになっている。「誰でも再現性よくできる」という科学実験の基本を示したといえる。ただし、そのための教員の準備は相当なものであろう。
4. 食塩水は塩基性?
正塩とは塩の中で酸のHも塩基のOHも残っていない塩のことである。もとの酸塩基の強弱から正塩溶液の液性の規則性を見出す実験がある。酸塩基の強弱の組み合わせで3種類の塩を用いることが多い。具体的には塩化ナトリウム、塩化アンモニウム、酢酸ナトリウムである。

ここで試薬の塩化ナトリウムを用いれば何の問題もなく塩化ナトリウム水溶液は中性(指示薬のBTB (Bromothymol Blue)溶液を加えると緑色)になる。ところが、ここで市販の「食塩」を用いると、水溶液は塩基性(BTB溶液を加えると青色)になる。理由は市販の「食塩」には固着防止剤として塩基性炭酸マグネシウムが含まれており、これが塩基性を示すからである。
予備実験の大切さと試薬を用いることの大切さを感じる実験である。
5. 結語
高校での化学実験は扱う化合物や装置の種類も多種である。生徒にわかりやすい実験を安全かつ効率よく行うためのテクニックは、文献に記載されていることもあれば、教員間の口コミで伝わることもある。ただし、望む情報はSciFinder®などのデータベースで必ずしも検索できるとは限らず、産業界での研究実験とは異なった難しさがある。
SciFinder®はアメリカ化学会の登録商標です。
参考文献
- 辰巳 敬 他 改訂版「化学基礎」数研出版 2021, p.23.
- M. P. Jansen, Chem. 13 News Magazine 2015, 10.
- 辰巳 敬 他 改訂版「化学」数研出版 2021, p.26.
- 吉田 工 (2012)「100円ショップクリアケースを利用した結晶模型」、第8回 中高理科(化学)授業に役立つ研修会、東邦大学
- H. Fujii, N. Noda, Bull. Soc. Sea Water Sci. Japan 2017, 71, 39. (Japanese)

執筆者紹介
大貫 裕之 博士(理学)
- [ご経歴]
- 1989年 東京大学理学部化学科卒業
1994年 同大学大学院理学系研究科化学専攻博士課程修了
1994年~ 日本水産株式会社、理化学研究所、東京化成工業株式会社、順天中学高等学校に勤務 この間に東京農工大学、東京電機大学、横浜市立大学大学院、立教大学、日本大学非常勤講師を兼務
2020年より現職
専門:天然物有機化学、機器分析化学、化学教育