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化学よもやま話

化学消防服

宇都宮大学 教育学部 理科教育講座 教授 山田 洋一

 化学消防服は消防隊員が油脂火災等の高熱的な環境下において,泡沫消火液等を浴びながら,落下物等の衝撃に耐え,火点に接近して,安全に消火活動,人命救助を行うために使用する。特に大規模な工場火災のときは,銀色の宇宙服みたいな消防服を着て消火活動にあたっている。
 化学消防服の代表的な素材も,前回紹介したアラミド繊維の一種である。一般に「火をつければ燃える」ことが有機物の見分け方となるほど,有機化合物には燃えるものが多いのだが,燃えにくい合成繊維とはどのような繊維だろうか。
 アラミド繊維には,前述の高強度・高弾性率の繊維ケブラー®(KEVLAR®)の他に,耐熱・防炎性に優れたものがある。消防服の素材には,ノーメックス®(NOMEX®)と呼ばれる特に耐熱性,防炎性に優れるアラミド繊維が使われることが多い。実は,ノーメックス®は宇宙服の素材としても使われている。

図1. デュポン社によって開発されたノーメックス®の単量体

図1. デュポン社によって開発されたノーメックス®の単量体

 この難燃性繊維の高分子の基本構造は,図1のようにベンゼン環上の120°の向き,すなわちmeta-形にアミド結合が位置するモノマーで,1,3-フェニレンジアミンとイソフタル酸が縮合したアミド・ユニットである。それによってできる高分子の鎖は,ベンゼン環がジグザグ型の配置をとるものである(図2)。結晶中では高分子鎖が折りたたまれたような構造になりやすいので,ベンゼン環同士がピッタリと密着し,熱に強く,燃やしても炎を上げない繊維となる。
 アラミド繊維は一般に,平べったいベンゼン環が高分子鎖に入るため非常に硬い分子となり,熱にも強い特徴をもっている。加熱してもナイロン-6,6やポリエステル繊維のようにとけてドロドロになったりしない。燃やすと炭化物の厚い層を形成し,それが断熱の役目を果たして皮膚の火傷を防ぐ。さらに,ノーメックス®のようなタイプのアラミド繊維は,高温では縮むので炎や高温の熱源からは遠ざかるような効果もある。

図2. ノーメックス®:部分的に水素結合したmeta-形ポリマーのジグザグ構造

 一方では,加熱時にも寸法が狂わないように顕著な安定性を持たせるために,ノーメックス®の表面を熱塩素ガスや他の化学薬品で処理して,繊維と繊維の間の橋かけを進め,繊維を安定化した特別な布も開発されている。
 消防服の他にこのようなアラミド繊維特有の性質を利用した用途としては,(1)耐熱性を利用したものとして,熱排ガス用のフィルターバッグ(大気汚染防止用),工業用プレスのプレス布,家庭用アイロン台のカバー,高速ミシン用のミシン糸,モーターやトランス用の絶縁紙など,(2)防炎性を重視したものとして,工業用防護服,パイロット用のフライトスーツ,郵便袋,カーペット,カーテン,およびテントなど,(3)熱くなっても寸法が狂わない性質を利用したものとして,弾性率の適度に高いアラミド繊維(ノーメックス®など)による消防ホースやVベルトの強化,コンベヤベルトなどがある。
 このようにスーパー繊維アラミドは,強度,弾性率,耐熱性だけでなく耐候性や耐薬品性にもすぐれ,広い用途をもつが,とくに航空宇宙用材料としても重要なものとなっている。

 同じアラミド繊維でも防弾チョッキなどに向く高強度・高弾性率の面で優れるもの(ケブラー®など)と,消防服などに適した耐熱・防炎性に優れた特徴を示す繊維(ノーメックス®など)の二通りがある。このように違った個性を示すのは,それぞれの繊維を形づくっている高分子の形や,積み重なり方が関係している。高強度・高弾性率のものが“棒状ポリマー”であること1) に対して,耐熱・防炎性に優れるものは“折りたたみ鎖ポリマー”の構造をとるとみなされている。
 さて,我が国の技術開発の歴史にもふれておこう。江戸時代にエレキテルで有名な発明家 平賀源内(1728-1779)が,秩父の山中から得た石綿(アスベスト)を糸のように撚って,火浣布(かかんぷ)という布を作ったことが知られている。火浣布の「浣」は中国語で洗うという意味で,火で洗うことができる布,すなわち,すすけて黒くなっても火に投げ込めばまた白くなることから名付けられている。火浣布は,お香を載せる台などに使われたようだ。現在では嫌われ者の石綿(アスベスト)であるが,当時はハイテク素材だったのである。
 第二次世界大戦の頃になると,断熱性の他に耐摩耗性,安定性の面からも注目されるようになり,生産量が飛躍的に増加した。石綿繊維の直径は毛髪の数千分の一であり,用途により長さが異なるが,いずれも肺に吸入される。吸い込むとアスベスト肺,肺ガン,中皮腫などを引き起こすため,石綿暴露に対する規制は,世界的に強力に行われている。
  • 1)“棒状ポリマー”については,前回(2008.4 No. 138)を参照。
ノーメックス®(NOMEX®)およびケブラー®(KEVLAR®)はデュポン社の登録商標です。

執筆者紹介

山田 洋一 (Yoichi Yamada) 宇都宮大学 教育学部 理科教育講座 教授

[ご経歴] 1980年 千葉大学理学部卒業(化学科),東京都立大学大学院理学研究科修士課程修了(化学専攻)。千葉大学大学院自然科学研究科より博士(理学)取得。宇都宮大学助手,助教授を経て現職に至る。
オンライン雑誌「化学教育ジャーナル」日本語版及び英語版(http://www.juen.ac.jp/scien/cssj/cejrnl.html) 事務局・編集委員。著書「理科がもっと面白くなる科学小話 Q&A100 1分野編」(分担執筆,明治図書出版),「新しい科学の教科書第1分野(化学・物理編)」(編集・分担執筆,文一総合出版),「地球環境の教科書10講」(分担執筆,東京書籍) など。
[ご専門] 有機化学,化学教育,環境教育