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化学よもやま話

~身近な元素の話~ 典型元素の新たな同素体

 佐藤 健太郎


 筆者が高校生のころには,炭素の同素体はダイヤモンド,グラファイト,無定形炭素の3種のみと習ったものだった。しかし80年代以降,球状の炭素クラスターであるフラーレンC60,円筒状のカーボンナノチューブ,そして平面状のグラフェンなどの新顔が次々と加わり,教科書は大きく書き換えられた。これら新たな炭素の同素体が,材料科学,有機化学,物性物理学など広い範囲の学問に計り知れぬほどの進展をもたらしたことは,今さらくだくだと述べるまでもあるまい。
 炭素による新物質がこれだけ面白いものであるなら,他の元素ではどうかとは,誰もが考えることだろう。実際,他の元素でも球状,平面状,三次元ネットワーク状など,様々な形状の新たな同素体が近年次々と報告され,物質科学の世界を大きく押し拡げている。今回は,これら新顔の同素体たちを,いくつかまとめてご紹介しよう。

ホウ素

 周期表で炭素の左隣りに位置するホウ素は,三中心二電子結合という特殊な形式で互いに結合し,他の元素ではほとんど見られないユニークな構造を作る。たとえばBnHn2−の形のクラスターが数多く知られており,これらはデルタ多面体(各面が正三角形でできた多面体)の構造をとる。たとえばドデカヒドロドデカホウ酸イオンB12H122−は,正20面体の美しい骨格を持つことで知られる。
 ホウ素の同素体の多くは,このB12から成る正20面体クラスターを基本としたネットワーク構造をとっている。たとえばα-菱面体ホウ素は,この正20面体クラスターが,立方最密充填に似た形で積み上がった構造だ。その他,アモルファスホウ素や,面心立方格子の金属ホウ素(高圧下でのみ存在)など,各種の構造が知られている。
 ではホウ素でフラーレンのような球状ケージは構築できるのだろうか?C60と同じ形のB60は無理そうだが,六角形の面の中心にホウ素を1つずつ加えたB80なら可能性があるなどとも考えられ,理論計算も行なわれた。
 しかし最近になり,B40というクラスターが発見された(Nat. Chem. 2014, 6, 727.)。ブラウン大学の王来生らが,ホウ素の単体にレーザーを照射し,ヘリウム気流で急冷することでこのクラスターの生成を確認したのだ。

 ボロスフェレンと名付けられたこの分子は,ホウ素からなる三角形が48枚,6員環が2枚,7員環が4枚から成り立っている。下図のような構造で,D2d点群に属する。ちょっと想像のつかない構造で,なぜこの形が安定になるのだろうと不思議になる。今後,さらに構成原子数や構造の異なるボロスフェレン類が,新たに見つかってくる可能性もありそうだ。

ボロスフェレン(Wikipediaより)

ボロスフェレン(Wikipediaより)

 これと別に王らは,ホウ素がシート状に並んだ構造を考え,グラフェンとの関連から「ボロフェン」と名づけている。ホウ素から成る平面6員環を,三角形が取り囲んだような構造だ。王らは,この基本単位となるB36クラスターが生成している証拠をつかんでいる(Nat. Commun. 2013, 5, 3113.)。今後の研究次第では,ホウ素もまた炭素と同じように,「ナノボロン」の豊かな世界が拓けてゆくのかもしれない。

ボロフェン

ボロフェン

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窒素

 炭素のもう一つの隣人である,窒素ではどうだろうか。通常の気体状窒素N2以外に中性の窒素同素体は長らく知られていなかったが,2002年に四窒素(N4)の存在が確認された(Science 2002, 295, 480.)。ただし寿命は1マイクロ秒程度で,安定に単離できるようなものではない。開裂のパターンから,四窒素は直鎖状の構造を取り,2つのN2分子が弱い結合で結びついたものと見られている。

 その他,ベンゼン型の構造をしたヘキサジン(N6),キュバン型の構造をしたN8,フラーレン型のN60などの存在が理論的に検討されているが,いずれも合成はなされていない。これらは分解される際に高いエネルギーを放出することが予測され,爆薬としての可能性が考えられている。

予測された窒素同素体

予測された窒素同素体

 2004年には,ドイツのマックスプランク研究所が,「ポリ窒素」の合成を報告した(Nat. Mater. 2004, 3, 558.)。窒素を110 GPa,2000 K以上という条件で圧縮すると,窒素原子同士が単結合でネットワークを形成することがわかったのだ。
 このポリ窒素,現在知られている核兵器以外の最強の爆薬に比べても,5倍以上強力な爆発力を示すと考えられている。SF作品などでこうした設定の爆弾が登場したことがあるが,それが実現したわけだ。もちろん量産も保存もできないので,兵器などとして使われる見込みは今のところない。
 窒素のみから成るイオンとしては,アジ化物イオン(N3)が古くから知られている。爆発性があるので取り扱いには注意か必要だが,防腐剤,起爆剤など用途は広い。有機合成においては,窒素導入のための試薬などとして用いられる。
 ペンタゾリルアニオン(N5)というものも存在している。これは,シクロペンタジエニルアニオンと等電子的な,窒素でできた正五角形だ。p-メトキシベンゼンジアゾニウムカチオンとアジ化物イオンの[3+2]付加環化によってペンタゾール骨格を形成し,硝酸アンモニウムセリウムで酸化的に脱保護することで得られた(Chem. Commun. 2003, 1016.)。芳香族性を持つため安定化されているが,窒素同士の反発が強いため,半減期2.2日で分解していく。
 またペンタゼニウムカチオンと呼ばれる,N5+という化学種も知られている(J. Am. Chem. Soc. 2001, 123, 6308.)。アメリカ空軍による,高エネルギー物質探索プロジェクトの中で発見されたものだ。
 ペンタゼニウムは,フルオロジアゾニウム(N2F+)と,アジ化物イオンの反応によって合成された。SbF6との塩は単離ができる程度に安定で,X線結晶構造解析も行なわれている。それによるとペンタゼニウムカチオンは,5つの窒素原子が「く」の字型に折れ曲がった配列をとっているという。
 理屈の上では,このペンタゼニウムカチオンと,アジ化物イオンまたはペンタゾリルアニオンとで塩を作らせれば,純粋な窒素から成る塩ができることになる。とはいっても,恐ろしく爆発力の強いイオン同士だから,こんなことを行なう者などいるまい—と思いきや,これに近い実験が行なわれており,N5+[B(N3)4]やN5+[P(N3)6]といった塩が実際に作られている(Angew. Chem. Int. Ed. 2004, 43, 4919.)。論文に掲載された,爆発で吹き飛んだテフロンチューブの写真や,おびただしい実験項の但し書きだけでも,その恐ろしさが伝わってくる。

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酸素

 酸素の同素体としてよく知られているのはオゾン(O3)だろう。薄青色の有毒な気体で,フッ素に次ぐ強い酸化力を持つ。酸素への紫外線照射や無声放電によって生成し,実験室では炭素-炭素二重結合を切断する「オゾン分解」によく用いられる。最近では,水道水の消毒にオゾンを用いている地域もある。
 酸素のカルテットである四酸素は,酸塩基の定義で有名なギルバート・ルイスによって,1924年に存在を予言された。しかしその確認は難航を極め,ようやく2001年になってローマ大学のグループが,質量分析によって存在を証明した。四酸素の構造は予測された4員環でもY字型でもなく,基底状態と励起状態の酸素の複合体であることが確認されている。

 酸素の同素体はもう一つある。室温で酸素に高圧をかけていくと,10 GPaを超えたところで大幅に体積が減り,色が青から赤へと劇的に変化する。この「赤い酸素」の構造は長らく謎とされてきたが,2006年になって酸素4分子が集まったO8クラスター(ε酸素)構造であることが,粉末X線回折パターンから解明された(Phys. Rev. Lett. 2006, 97, 085503.)。こうした「八酸素」の構造は理論的にも全く予想されておらず,大きな驚きを与えた。

ε酸素(赤い酸素)の単位構造

ε酸素(赤い酸素)の単位構造


 というわけで,同素体の化学にはまだまだ未知の部分が眠っていそうだ。次回は,第3周期以降の元素の同素体について見ていくこととしよう。

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執筆者紹介

佐藤 健太郎 (Kentaro Sato)

[ご経歴] 1970年生まれ,茨城県出身。東京工業大学大学院にて有機合成を専攻。製薬会社にて創薬研究に従事する傍ら,ホームページ「有機化学美術館」(http://www.org-chem.org/yuuki/yuuki.html,ブログ版はhttp://blog.livedoor.jp/route408/)を開設,化学に関する情報を発信してきた。東京大学大学院理学系研究科特任助教(広報担当)を経て,現在はサイエンスライターとして活動中。2014年より,新学術領域「π造形科学」広報担当。著書に「有機化学美術館へようこそ」(技術評論社),「医薬品クライシス」(新潮社) ,「『ゼロリスク社会』の罠」(光文社),「炭素文明論」(新潮社),「世界史を変えた薬」(講談社)など。
[ご専門] 有機化学