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化学よもやま話

~身近な元素の話~ 元素の命名~113番元素の名は何に?

 佐藤 健太郎


 2015年末,日本の科学界に嬉しいニュースがあった。森田浩介博士(現・九州大学)率いる理化学研究所チームが合成した113番元素が,晴れてIUAPCの認可を受け,命名権が同グループに与えられたのだ。新元素の発見は,日本はもちろんアジアでも初のことであり,まさに快挙といえるものであった。

 113番元素はミリ秒レベルの寿命しか持たず,またこれまで3原子しか合成されていない。化学的性質などがわかるのは,まだまだ先のことだろう。そこで今回は,この新元素及びその周辺元素の命名について書いてみよう。

幻のニッポニウム

 先ほど日本初の元素と書いたが,実は100年ほど前にも一度,日本人の手によって「新元素」が報告されたことがある。ロンドン大学に留学していた小川正孝(後に東北帝国大学総長)は,スリランカ産の鉱物トリアナイトから,それまで知られていなかった新元素を分離する。彼はこの新元素の原子量を約100と推定,周期表の空き場所である43番に当てはまる元素であろうと考えた。1908年,小川は師であるW. Ramsayの勧めに従い,この元素を「ニッポニウム」(元素記号Np)と名付けて報告した。
 しかしこの発見は他の研究者による確認ができず,小川の弟子たちにも単離に成功したものはなかった。こうして新元素ニッポニウムは,周期表に正当な居場所を得ることなく,幻と消えてしまったのだ。
 しかし2003年,東北大学の吉原賢二は小川の遺したデータを再解析し,彼の発見した新元素は原子番号75のレニウムであったことを突き止めた。レニウムは周期表において43番元素の真下に位置し,性質も類似している。もし当時,小川がX線分光を行える環境にあれば,新元素の原子番号を正しく決定し,周期表の75番にはニッポニウムの名が刻まれていたことだろう。誠に惜しいところで,小川は大魚を逸したのだ。
 この43番元素は,周期表におけるサルガッソー海とでも称すべき場所で,新元素発見を目指した科学の冒険者たちが,多数ここで遭難の憂き目にあっている。1828年にはOsannがポリニウム(polinium)あるいはプルラニウム(pluranium),1845年にはH. Roseがペロピウム(pelopium),1846年にはR. Hermannがイルメニウム(ilmenium),1877年にはS. Kernがデビウム(davium),1896年にはP. Barrièreがルシウム(lucium)という名を,それぞれ43番元素として提案したが,いずれも他の元素を誤認したものであった。1925年にレニウムを発見したNoddackたちも,同時に43番元素を捕まえたとしてマスリウム(masurium)の名を与えたが,これも誤りであったことがわかっている。
 43番元素の空白がようやく埋まったのは,1937年のことだった。サイクロトロンに用いられていたモリブデン製の部品から,微量の43番元素が分離されたのだ。42番元素であるモリブデンに,サイクロトロンで加速された重陽子線が当たり,43番元素が生成した結果であった。
 新元素の名は当初,イタリアのパレルモの古名にちなんでパノルミウム(panormium)という案もあったが,結局ギリシャ語で「人工的な」を意味する言葉からとって,「テクネチウム」に決定した。一世紀以上にもわたる紆余曲折の果てに,ようやく43番元素は正式な名を持つことができたのだ。
 現代の化学者ならみな知っている通り,43番元素は安定同位体を一つも持たず,天然には存在しない元素だ(ただし,テクネチウムを含む恒星があることが,分光スペクトル観測によってわかっている)。こうした「周期表の穴」は,43番の他には61番のプロメチウムだけだ。化学者たちにとっては何とも罪作りな,造物主のいたずらであった。
 このように,一度提案されたものの消えてしまった「幻の元素」の名は,新しく発見された元素には使えないという規定がある。このため,新たに作り出された113番元素に最もふさわしいと思われる「ニッポニウム」の名は,残念ながら使用できない。

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命名をめぐる混乱

 このような次第で,元素の命名にはどうしても混乱がつきまとう。何しろ,元素名はその後何百年にわたって変わらず使われるものであり,その命名は科学者にとって最高の栄誉だ。このため,これまで43番元素以外にも多くの元素で,優先権を主張する争いが繰り広げられてきた。
 これが顕著になったのが,超ウラン元素合成レースの時代であった。この頃は米ソ冷戦のただ中でもあり,両国の名誉もかかっていたから,命名権獲得競争は熾烈を極めた。特に104番から109番元素にかけては西ドイツのチームもここに参戦し,それぞれが異なる名前を主張したため,科学の世界は大いに混乱した。また米国チームは,118番元素を合成したと1999年に発表したものの,担当者がデータを捏造していたことが判明し,3年後に論文が取り下げられるという騒動も起きている。
 このような次第で,新たな元素の合成が報告されても,すぐにそのチームに命名権が授与されるというわけにはいかない。多くの証拠を揃え,専門の委員会の審査によって間違いないと認定されて,初めて命名権が与えられることになっている。
 ビスマス(原子番号83)の原子核に亜鉛(原子番号30)の原子核を衝突させる実験により,113番元素が初めて合成されたのは2004年7月のことだ。しかし,そこから命名権を得るまでには,実に11年半の歳月がかかっている。実験を辛抱強く繰り返して,2005年4月に2原子めの113番元素が得られたものの,その後はなかなか結果の出ない日々が続いた。ようやく2012年8月,3原子めの113番元素が生成し,そのデータが決め手となったと見られる。関係者の粘り強い努力に,改めて敬意を表したい。

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113番元素の名は?

 科学の世界における命名も,方針はいろいろだ。小惑星の名は,人名・地名などあらゆるものが認められるので,「ジョディ・フォスター」「東京ジャイアンツ」「トトロ」などユニークなものが多数存在する。遺伝子の命名も「ハラキリ」「ソニック・ヘッジホッグ」「ムサシ」など,生物学者たちの遊び心がほのみえるものが少なくない。
 しかし元素名に関しては,いくつかの規定があるため,勝手な名前をつけることはできない。まず,金属元素と推定される元素については,語尾を「-ium」とすることになっている。また語幹についても,国名などの地名,科学者の名,その元素の性質,神話にちなむ名前などから選ばれるのが慣例だ。
 アメリシウム,フランシウム,ゲルマニウムなど国名にちなむ元素は数多いから,113番元素も「日本」にちなむ命名が有力だろう。ただし前述のように「ニッポニウム」の名は使えないから,「ジャポニウム」などの名が検討されているという。理研にちなんだ「リケニウム」という話もあったようだが,理研は地名ではないので,これは認められるだろうか。
 超ウラン元素では,科学者の名にちなむものが多くなっている。化学者アルフレッド・ノーベルから名をとった102番ノーベリウム,天文学者ニコラウス・コペルニクスの名に由来する112番コペルニシウムのような例もあるが,多くは核物理学者の名が採用されている。日本人なら,湯川秀樹や長岡半太郎,仁科芳雄といったところが候補に挙がるだろうか。


 113番元素の名称が提案され,承認を得て正式決定されるまでには,1年ほどかかるという。さて一体どのような名に落ち着くか,興味深く見守りたい。

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執筆者紹介

佐藤 健太郎 (Kentaro Sato)

[ご経歴] 1970年生まれ,茨城県出身。東京工業大学大学院にて有機合成を専攻。製薬会社にて創薬研究に従事する傍ら,ホームページ「有機化学美術館」(http://www.org-chem.org/yuuki/yuuki.html,ブログ版はhttp://blog.livedoor.jp/route408/)を開設,化学に関する情報を発信してきた。東京大学大学院理学系研究科特任助教(広報担当)を経て,現在はサイエンスライターとして活動中。2014年より,新学術領域「π造形科学」広報担当。著書に「有機化学美術館へようこそ」(技術評論社),「医薬品クライシス」(新潮社) ,「『ゼロリスク社会』の罠」(光文社),「炭素文明論」(新潮社),「世界史を変えた薬」(講談社)など。
[ご専門] 有機化学