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化学よもやま話

~身近な元素の話~ 新元素の命名

 佐藤 健太郎



 去る2016年11月30日,国際純正・応用化学連合(IUPAC)から,113,115,117,118番の4元素の名称が確定したと発表があった。113番元素の名称は発見者らの提案どおり,ニホニウム(元素記号Nh)に決定した。周期表に我が国の名が刻まれたことは,日本人の一人として大変喜ばしい。他の3元素も当初の提案から変更はなく,115番がモスコビウム(元素記号Mc),117番がテネシン(元素記号Ts),118番がオガネソン(元素記号Og)に落ち着いている。
 ニホニウムの名称決定までの経緯は,以前にも本欄で記した。今回は,最近合成・発見された元素の命名事情について書いてみよう。

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 新元素を発見しても,どのような名前をつけてもよいというわけではない。ガイドラインによれば,元素名の語幹は(1)神話にちなむもの(2)鉱物名(3)国名や地名(4)元素の性質(5)科学者の名から採ることとなっている。
 鉱物の名にちなむ元素名は,ジルコニウムやモリブデンなどかつては数多くあった。しかし近年では,新元素は鉱物から分離するのではなく,核反応によって作り出されるものになったため,鉱物名から採るケースは見られなくなっている。
 神話にちなむものは,ギリシャ神話の太陽神ヘリオスから採ったヘリウム,北欧神話の雷神トールにちなむトリウムなどの例がある。ただしこうした神話にちなむ命名も,95番以降の元素には行なわれなくなっている。
 元素の性質にちなむものは,「不安定」を意味するアスタチン,「放射性」を意味するラドンとラジウム,「放射線」に由来するアクチニウムなどがあるが,これらは近年作り出された元素にはみな当てはまる特徴だ。原子番号が100を超える大きな元素は,せいぜい数原子から数百原子程度しか作り出せないから,化学的性質などの解明も難しい。このため,元素の性質からの命名も近年は行なわれていない。
 というわけで95番以降の人工元素は,全て地名・国名または科学者の名から名称が採られている。ただし科学者といえどもやはり人間であり,今の周期表に載る名前が決まるまでには,様々なごたごたや騒動があった。


 天然に存在する元素は92番のウランまでであり,これより大きな元素は原子核へ中性子などの粒子を照射するか,あるいは原子核同士を衝突融合させることで作り出される(正確には,93番ネプツニウムと94番プルトニウムは天然のウラン鉱石にもごく微量存在することが,後に判明している)。93番から103番までは,エドウィン・マクミラン,グレン・シーボーグ,アル・ギオルソらの率いるアメリカチームの独壇場で,このため95番元素はアメリシウム,97番と98番元素は,彼らの所属したカリフォルニア大学バークレー校にちなんで,それぞれバークリウムとカリホルニウムと命名されている。
 彼らは母国や母校の名をアピールするばかりではなく,過去の偉大な科学者を讃えることも忘れなかった。96番元素はマリー・キュリーにちなんでキュリウム,99番元素はアルベルト・アインシュタインの名からアインスタイニウム,100番はエンリコ・フェルミに敬意を表してフェルミウムと命名されている。
 103番ローレンシウムは,サイクロトロンの発明者であるアーネスト・ローレンスの名から命名された。ローレンスは,多くの超ウラン元素を発見したバークレー放射線研究所で所長を務めた人物であり,後にこの研究所はローレンス・バークレー国立研究所と名を改められている。また,近年アメリカの重元素研究の中心地となっているローレンス・リバモア国立研究所も,彼の名を讃えたものだ。
 このように,元素名は核物理学者の名を取ったものが大多数だが,102番元素に対しては化学者アルフレッド・ノーベルの名を記念し,ノーベリウムの名がつけられている。もちろんノーベルはこの核物理学分野に対して直接に貢献してはいないが,自らの名を冠した賞を設立することで,新元素発見を大いに推進したということだろうか。

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 101番元素の命名は,当時少々物議を醸した。バークレーチームは,周期表の創始者であるドミトリー・メンデレーエフの名から,この元素をメンデレビウムと命名したのだ。もちろんメンデレーエフの功績は永遠に記念されてしかるべきものではあるが,当時(1955年)は東西冷戦のさなかであり,ロシア出身のメンデレーエフをアメリカ人が讃えることははばかられる空気があった。それでもこの命名がなされたことは,ある意味でアメリカの余裕の表れでもあっただろう。
 しかし元素発見レースにおけるアメリカの独走は,1964年に唐突に終わりを迎える。ゲオルギー・フリョーロフ率いるソ連チームが,104番元素の合成に成功したと発表したのだ。彼らは自国の核物理学者イーゴリ・クルチャトフの名を取って,この元素をクルチャトビウムと命名した。
 この「核物理学のスプートニク・ショック」というべき事態に,アメリカチームは大いに慌てた。ソ連チームのデータは不十分であるとし,自分たちも104番元素を作ってラザホージウムと命名したのだ。物理学者アーネスト・ラザフォードの名を記念したものであった。
 この後米ソ両陣営は,「自分たちが発見した」と主張する新元素に,それぞれ独自の名称を与え,科学界は大いに混乱した。特に106番元素には,アメリカ側はまだ存命であったグレン・シーボーグの名を取って「シーボーギウム」と命名する。存命人物からの命名を禁ずる規定があるわけではないが,いかにも政治的ではあり,かつてのメンデレビウムに象徴される国際協調の精神は完全に消え失せた感があった。
 80年代には,西ドイツ(当時)のチームも元素発見レースに参戦して戦いは三つ巴となり,長い混乱と議論が続いた。ついに調停に乗り出したIUPACがデータを精査し,104番から109番までの元素名を確定させたのは,とっくに冷戦も終結した1997年のことであった。
 その後,アメリカチームによる118番元素のデータ捏造事件などもあり,同国の重元素研究に関する予算は大幅に削られた。このためロシアの施設を用いた共同研究を行なうしかなくなり,アメリカチームは勢いを失った。今回名称が確定した元素のうち,117番こそオークリッジ国立研究所などがあるテネシー州から名を取り「テネシン」と名づけられたが,115番はロシアの首都モスクワからとって「モスコビウム」,118番はロシアの元素研究を主導したユーリ・オガネシアンの名から「オガネソン」と命名された。オガネシアンは存命の人物であり,ソ連において106番元素の研究を主導した人物でもある。彼の名がつけられたのは,命名権をアメリカに奪われた106番シーボーギウムに対する,ロシア側の意趣返しと見えなくもない。


 エルヴィン・シュレーディンガー,ヴェルナー・ハイゼンベルク,ヴォルフガング・パウリなど,まだ元素名になっていない科学者はたくさんいる。18族元素である118番元素には,希ガス化学の父であるウィリアム・ラムゼーを讃える名称などもよかったのではと筆者は思う。過熱する元素発見レースの中で,科学者たちがこうした命名を行なう余裕を取り戻すのは,まだもう少し先なのかもしれない。

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執筆者紹介

佐藤 健太郎 (Kentaro Sato)

[ご経歴] 1970年生まれ,茨城県出身。東京工業大学大学院にて有機合成を専攻。製薬会社にて創薬研究に従事する傍ら,ホームページ「有機化学美術館」(http://www.org-chem.org/yuuki/yuuki.html,ブログ版はhttp://blog.livedoor.jp/route408/)を開設,化学に関する情報を発信してきた。東京大学大学院理学系研究科特任助教(広報担当)を経て,現在はサイエンスライターとして活動中。2014年より,新学術領域「π造形科学」広報担当。著書に「有機化学美術館へようこそ」(技術評論社),「医薬品クライシス」(新潮社) ,「『ゼロリスク社会』の罠」(光文社),「炭素文明論」(新潮社),「世界史を変えた薬」(講談社)など。
[ご専門] 有機化学