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化学よもやま話 特別寄稿

躍(をどる) ~素直さと明るさと情熱を~ 第9回

東京大学名誉教授 東京工業大学名誉教授 向山 光昭

全合成挑戦への思いがけないきっかけ

 小生はこれまで主に合成化学における新手法の開発に携わっていましたが,初めて手掛けることになった全合成,すなわち制癌剤タキソールについて,少々専門的になりますが最後に述べてみたいと思います。
 それを手掛けることになったのは思いがけない一本の電話がきっかけでした。
 1992年のある日,当時,都立駒込病院で化学療法科の医師をしていた愚息から珍しく電話が入り,「“タキソール”という癌によく効く薬があるのだが,問題はその薬は西洋イチイの木を3本切ってやっと患者一人分の量しか採れない。しかも副作用など薬としてまだいろいろな問題があるので,なんとか合成できないか?」と聞かれました。息子からこんな調子で挑戦をされれば親父として受けて立たないわけはいきません。まだ構造式さえよく知らなかったのに,つい即座に「できるさ!」と答えてしまったのです。
 実はタキソールの構造は非常に複雑な縮環構造で,平面的に示すと6員環のA環,8員環のB環,それとオキセタン環のD環を伴う6員環のC環が縮合し,その4つの環が特定の立体構造で結ばれています。また,水酸基など酸素官能基が多く含まれる化合物なので,多くの不斉炭素が含まれています。メチル基がB,C環の橋頭に位置し,またC,D環の橋頭のアセトキシ基は内側に向いているので相当歪みの多い構造で,さらにA環の外側の側鎖にはフェニル基をもつイソセリン誘導体が結合しています。立体構造はD環が上に向いて立っており,ABC環がchair型をとり,またA環部の側鎖は下に向いているので全体としてcupのような構造をとっています。

図1 タキソールの構造図および合成計画

タキソールの構造図

タキソールの合成計画

 こうして,思わぬきっかけにより,この複雑な構造を持つタキソールの全合成へのチャレンジが始まったのです。

執筆者紹介

向山 光昭 (Teruaki Mukaiyama)

 1927年長野県伊那市生まれ。1948年東京工業大学卒業,1953年学習院大学理学部化学科講師,1957年同助教授,1958年東京工業大学理学部化学科助教授,1963年同教授,1973年東京大学理学部化学教室教授,1987年退官,1987年東京理科大学理学部応用化学科教授,1992-2002年東京理科大学特任教授,2002-2009年社団法人北里研究所基礎研究所有機合成化学研究室名誉所員兼室長。
 日本化学会賞,恩賜賞,ACS Award for Creative Work in Synthetic Organic Chemistry,フランス国家功労章シュバリエ,文化勲章,文化功労者,藤原賞,全米科学アカデミー会員等,多数受賞。
2004年に喜寿を迎えられたこと,米国国立科学アカデミー外国人会員に選出されたことを記念し,有機合成化学協会「MUKAIYAMA AWARD」が創設される。
 日本化学会会長,有機合成化学協会会長等を歴任。ポーランド科学アカデミー外国人会員,フランス科学アカデミー外国人会員,西ドイツ・ミュンヘン工科大学自然科学名誉教授博士号,アメリカ科学アカデミー会員,日本学士院会員,日本化学会名誉会員,有機合成化学協会名誉会員,東京大学名誉教授,東京工業大学名誉教授,社団法人北里研究所名誉所員等。