ホスフィン類は3価のリン化合物であり,ソフトな非共有電子対を持つσ供与性の配位子として働きます。また,後周期遷移金属をはじめとする様々な金属種と錯体を形成することで,有機金属錯体の可溶化や安定化に寄与するほか,反応性や選択性の制御などに用いられています。
ホスフィン配位子の電子密度とかさ高さは,錯形成する金属種の反応性に大きく関与します。一般に,電子密度の高いホスフィン配位子は,配位中心金属の酸化的付加の反応性を高めます。また,配位子のかさ高さは還元的脱離を促進させる働きがあります。トリアルキルホスフィン,特にtert-ブチル基やシクロヘキシル基が置換したホスフィンは最も電子密度が大きく,続いてトリアリールホスフィン,ホスファイトの順に電子供与性は小さくなります。一方,ホスフィンのかさ高さの指標として,単座ホスフィンは円錐角(θ)で表され,二座ホスフィンは配位挟角(ω)で表されます。これらの角度が大きいほど立体効果が大きく,よりかさ高い配位子と見なすことができます。単座ホスフィンではトリ(o-トリル)ホスフィン,二座ホスフィンでは1,1'-ビス(ジフェニルホスフィノ)フェロセンやXantphosなどが代表的なかさ高い配位子として知られています。
トリ-tert-ブチルホスフィン,トリシクロヘキシルホスフィンのような電子豊富でかさ高いアルキルホスフィンは,酸化的付加と還元的脱離の両面から触媒サイクルを促進させる配位子として機能するため,クロスカップリング反応に大変有効です。例えば反応性が低く,一般に酸化的付加を受けない塩化アリールに対しても酸化的付加が進行するので,カップリング反応に適用させることが可能となります。このように,トリアルキルホスフィンは,配位子として優れた特性を持っている反面,空気に対して不安定であるため,グローブボックス中で秤量する必要があります。この点を改善したホスフィン配位子前駆体であるホスホニウムボレート塩(R3PH+ BF4-)は,空気中で秤量でき,反応系中で中和することでアルキルホスフィンを発生させて反応に用いる試薬です。近年,クロスカップリング反応などに高い活性を示すアルキル置換ビアリールホスフィン配位子が開発されています。さらに,高い電子密度を有しながら空気に安定なホスフィン配位子群BRIDPsも開発されています4)。
ホスフィンは一般に,ニッケル,パラジウムを触媒に用いるクロスカップリング反応の配位子として広く用いられています。一方,ロジウム,イリジウム,金などの金属触媒の配位子としても有効であり,水素化反応や環化反応など多くの触媒反応に用いられています。さらに,炭素中心不斉,軸不斉,P-キラル中心などを有する光学活性ホスフィン配位子も数多く開発されています。これら配位子は,様々な遷移金属と巧みに組み合わせることで,不斉水素化や不斉アリル化,不斉共役付加,不斉付加環化反応,不斉クロスカップリング反応などの触媒的不斉反応に応用されています。
参考文献
- 1) 野依良治,柴崎正勝,鈴木啓介,玉尾皓平,中筋一弘,奈良坂紘一 編,“大学院講義有機化学 I.分子構造と反応・有機金属化学” 東京化学同人,1999.
- 2) 奈良坂紘一,岩澤伸治 編,“最新有機合成化学 ヘテロ原子・遷移金属化合物を用いる合成” 東京化学同人,2005, 123.
- 3) J. F. Hartwig, 小宮三四郎,穐田宗隆,岩澤伸治 監訳,“ハートウィグ 有機遷移金属化学(上)” 東京化学同人,2014.
- 4) アルキル置換ビアリールホスフィン配位子の総説:
- 5) BRIDPsの総説:
- 6) P-キラル配位子の最近の総説: