生理活性物質にフッ素原子を導入することで、化学・物理的性質、さらには生物活性特性に大きな影響を与えることがあります。その影響は、酵素基質に対するミミック(擬似)効果やブロック効果により代謝されにくい性質を分子に持たせたり、分子の脂溶性が向上することで生物学的利用能を高めたりするなど多くのメリットをもたらします。そのため、農薬の約30%と医薬の約20%がフッ素原子を含んでおります1)。フッ素を導入した成功例として、HMG-CoA還元酵素阻害剤フルオロスタチンであるアトルバスタチン、抗菌性フルオロキノロンであるレボフロキサシン、抗腫瘍性フルオロヌクレオシドであるテガフールなどが挙げられます(図)。このように、生理活性物質の特定位置にフッ素原子を導入する方法が盛んに研究されています。
図. 含フッ素生理活性化合物
ところで、含フッ素有機化合物は、天然にはほとんど存在していません。そのため、合成のある段階でのフッ素化が必要です。フッ素源としてはフッ素ガスやフッ化水素が挙げられますが、毒性、腐食性が強く、その取り扱いには特殊な反応装置と技術を必要とします。そのため、実験室で手軽に利用でき、目的とする特定位置にフッ素原子を導入できる優れたフッ素化剤が開発されています。フッ素化剤は、フッ素アニオンが反応活性種として働く求核的フッ素化剤と電子欠乏性のフッ素原子が反応活性種として働く求電子的フッ素化剤に大きく別けられます。
1. 求核的フッ素化剤
求核的フッ素化剤の基本的な試剤はフッ化水素(HF)で、工業的に基幹フッ素化合物の生産に多量に使われています。しかしながら、前述の理由とH-F間の強い結合エネルギーによる反応性の低さのため、実験室ではあまり利用されていません。手軽に利用できる求核的フッ素化剤として、KF、CsF、Bu4N・Fなどが挙げられます。
4-tert-ブチル-2,6-ジメチルフェニルサルファートリフルオリド (= FLUOLEAD™)(製品コード:B3664)は、梅本らにより報告された新規な求核的フッ素化剤です2)。FLUOLEADは高い熱安定性を有する白色の結晶で、熱分解温度は232 °C (示差走査熱量分析による)と極めて高いです。また空気中での発煙が少なく、水に対しても徐々に分解する程度と、DASTなどの既存の求核的フッ素化剤よりも安定で、取り扱いが容易です。 FLUOLEADは0~100 °Cの幅広い条件において、水酸基およびカルボニル基をフッ素化し、良好な収率で対応するフッ素化合物を与えます。
2. 求電子的フッ素化剤
求電子的フッ素化剤の基本的な試剤はフッ素ガスですが、その激しい反応性のため部分的なフッ素化には不向きであり、また強い毒性も有しています。
N-フルオロ-N'-(クロロメチル)トリエチレンジアミンビス(テトラフルオロボラート) (製品コード:F0358)は粉末で取り扱い易く、しかも高い反応性を有している求電子的フッ素化剤です。エノール、シリルエノールエーテル、アルケン、安定化カルボアニオン、芳香族化合物、有機硫黄化合物などのフッ素化に用いられています3)。
トピックス
ページトップへ
参考文献
- 1) (a) T. Furuya, A. S. Kamlet, T. Ritter, Nature 2011, 473, 470.
- 2) T. Umemoto, R. P. Singh, Y. Xu, N. Saito, J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 18199.
- 3) (a) C. Zhou, J. Li, B. Lu, C. Fu, S. Ma, Org. Lett. 2008, 10, 581.
ページトップへ